努力は善か?






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2007年11月19日(Mon)
努力は善か?
久々の投稿。
基本的に自分が投稿を怠るのは、ブログ書いている暇もないほど忙しいか、他にもっと面白いことがあるときか、もしくはブログを書く気にもならないほど気が滅入っているとき。
今回は、それら全てかな。


さて、日本では「努力」が非常に重んじられる。

結果よりも過程が大事。
頑張ることが素晴らしい。

という思いを日本人の多くが抱いているのではないだろうか。


これが他の国に行くと、

結果が全て
頑張っても結果が出なけりゃ、その努力は無駄だったのさ

ということにもなる。


努力は素晴らしい

というのも経験や環境によって作られた信念であることが分かる。


では、実際のところ、努力はそれ自体で素晴らしいものなのだろうか。

私自身は、努力は素晴らしいものだし、払った努力は当然報われるべきだ、と思っていた。

が、去年1年間を通して、
努力が素晴らしいものとなるかどうかは、「何のための努力か」によって決まる
ということが知らされた。

例をあげよう。

密林の中で道に迷ったときに、
「とにかく歩くのが素晴らしい!」
と行って闇雲に歩いていったらどうなるか。

まれに万分の1の確率で正しい経路に出ることができることもあろうが、
おそらくは余計に迷うことになるだろう。


歩く前にまず大事なのは、「どこに向かって歩くのか」であり、目的地であり、正しい道のりである。
それが分からずに闇雲に歩けば、時間と体力を無駄に浪費することになる。


資格マニアと呼ばれる人がいる。
いろいろな資格を持っている人を見ると「すごいなぁ」とは思うが、尊敬はしない。
目的を見誤っているように思えるからである。


全身全霊をかけて、大量破壊兵器をつくったら、その努力は善いこととは言えまい。


迷信を信じて、くだらないものを求めて一生を終わったら、その人の人生はやはり無駄だったと言われるであろう。


時間は限られている。
あれもこれもと余計なことに手を出し、時間と体力を無為にしていては、目的成就はありえない。

必死に頑張っているその手を少し休めて、
「本当にこれは役に立つ努力だろうか」
と考えてみてはいかがだろうか。

他にもっと良い道があれば、今までのこだわりを捨てて、より良い道を選べる人こそ、本当の賢者だ。


   



中の人:アージー



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