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2007年09月06日(Thu)
「分かる」というのは「分ける」ということ。
じゃあ、自分が分からない、というのは、自分と他者を分けられていない、ということなのだろう。

あるいは、こうしてブログを書き、どうでもいいような情報を発信していること自体が、自分と他者を分けられていない、ということなのかもしれない。
もし、自分でない他者が毎日数十人、このくだらない記事を読むのだ、ということが真に分かれば
よほど強烈な主張が無い限り、自ら情報を発信しようなどとは思わないはずだから。
どうでもいいことをブログにつづれるのは、それを読む”他者”がいる、ということが本当には分かっていないからだ。



今日も変わらず現実感が希薄だ。

この感覚は何かに似ているな、と思ったら本を読んでいる感覚に似ていることに気づいた。
本の中にはたくさんの登場人物がいて、それぞれがそれぞれの生活を営み、それぞれがそれぞれの人生を歩んでいるけれども、それは現実じゃない。
それはあくまで一冊の本の中の話。
いや、本を読んでいるような、というのは我ながらうまいたとえだと思う。

世の中すべての人がこの感覚の中で生活しているとは到底考えられない。
ということは、この先にまた別の世界があるのだろう。
行ってみるまでは分からない、行ってみたとき初めて分かる。
行ってみても分からないものに比べればずいぶんとマシだろう。

本の中でどれだけ頑張っても、本の外に出られるものだろうか。
まぁ、やってみないと分からないことも多いし、やってみてはじめてわかることもあるだろう。




   



中の人:アージー



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